EYE KNOW

福岡在住B-BOYの音楽・映画・スポーツに関心を寄せて過ごす日々の観察記録

【HIPHOP入門編】知っておいてほしい即興ラップの知識と種類

はじめに。

 先日当ブログにて"日本のMCバトルの限界"についてのエントリを上げたが、ここ数年で初めてダンス/楽曲/フリースタイルなど様々な形でHIPHOPに触れた人にとっては意味不明な文章だったかもしれない。そこで、今後何本か【HIPHOP入門編】という括りでHIPHOP周辺に関する知識がゼロの人でも解るようHIPHOPを紹介しようと思う。

 

↓先日のエントリ、本文の読後でも興味があれば是非。

 

nino-brown.hatenablog.com

 

本文はシリーズ第1回ということで、盛り上がりを見せている即興ラップについて書こうと思う。

 

 

(※注意)以下本文では、度々"ラップする側の視点"からの説明が登場する。読者自身がラップすることに興味がなくても、フリースタイルを理解する上で"ラップをする側の視点"は非常に重要であると筆者は考えているの少し付き合ってもらいたい。

 

即興ラップとは。

 ではまず、即興ラップとは何か。読んで字の如く即興でラップすることなのだが、これをHIPHOPでは"フリースタイル"と呼ぶ。即興のラップであるからには、その場で言葉を考えると同時に組み立て、韻も踏まなければならないのだから大変だ。この行為の難しさが解らない方は是非一度自身でチャレンジしてみると良い、おそらく言葉につまり途切れ途切れになったり、全く韻を踏めなかったり、同じ言葉を何度も言ってしまったりするだろう。センスに差はあるだろうが、誰であれはじめからフリースタイルを格好良く決められる人間はいない。

 

少しでもチャレンジしてみると、今度はたちまちその難しさにぶつかり「自分にはできない」「できる人は天才なんじゃないか」なんて思ってしまうだろう。実際にラッパーを名乗る者の中でもフリースタイル巧者と呼ばれる存在は天才的なフリースタイルの才能を持っているのだが、誰もがある程度のレベルに達することはできると筆者は考えている。フリースタイルにはカラクリがあるのだ

 

 

 

フリースタイルの三大要素

 

(※以下筆者の意見に拠る)

 

 フリースタイルが格好良く決めるには幾つか要素があり、それらはそれぞれが完全独立した要素ではなく、ところどころ被っているところはあるのだが敢えて3つに絞って紹介する。

 

  1. 韻をしっかり踏んでいること
  2. 音楽性を持っていること
  3. 当意即妙なラップになっていること

(※1と2の要素について言えば、即興であるフリースタイルだけでなく楽曲上のラップの格好よさに直接つながる)

 

 

この3つの要素を兼ね備えているフリースタイルは格好良いということであるが、ではこの3つの要素のどこにカラクリがあるのかと言えばズバリ要素1、つまり「韻をしっかり踏む」というところである。フリースタイルにおいてとにかく韻を踏むということは、ラップをしない者にとって「即興でこんなことできるなんてすごい」と思わせる最たる要素かもしれない。しかし、フリースタイルの中で登場する"韻"の多くはその場で生まれたモノではなく用意されたモノである。

 

こんなことを書くと、「それでは即興ではないじゃないか」と思われるかもしれないが、その指摘は半分当たっていて半分当たっていない。例えば、ある日あるラッパーが一人でフリースタイルをしていたとして、偶然にもその場の状況をうまく切り取ったオリジナリティのある素晴らしい韻が瞬時に出せたとする。すると、もし次の日そのラッパーが仲間たちとフリースタイルをするとき同じ状況を迎えると、前日偶然にも出せた素晴らしい韻をリサイクルできるのだ。素晴らしい韻をそのとき初めて聞いた仲間たちは賞賛するに違いない。このようにラッパーはその場その場で生まれた韻を次に似た状況を迎えたときリサイクルできるように頭の中にストックする。この頭の中の韻のストックを俗に"引き出し"と呼ぶが、これこそフリースタイルを格好良く見せるカラクリだ。

カラクリと言ってもテクニックの一つで、卑怯な手段でもなければ魔法でもない。誰でも膨大な量の引き出しさえ準備することができれば、いかなる状況でもその引き出しから用意された韻をリサイクルすることでフリースタイルを格好良く見せることができるということなのだが、それだけの引き出しを準備するためには数え切れないほどのフリースタイルを行い自分の中でモノにしていく圧倒的な鍛錬が必要なのは言うまでもない。フリースタイル中の韻に関してまとめると、圧倒的な鍛錬で準備された引き出しと本当にその場で生み出された韻が存在しているということなのだ。

 

(※ちなみに本当にその場で生み出すものだけで表現するいわゆる完全即興のことをヒップホップでは”トップ・オブ・ザ・ヘッド”と呼ぶ。)

 

ここまでは要素1の韻を踏むことについて説明したが、要素2・3についても触れておこう。要素2について、ラップの持つ音楽性のことをHIPHOPでは"フロー"と呼ぶ。フローは良くメロディ性のことを指すと限定的解釈で誤解されるが、あくまで音楽性のことでメロディや声色、更にはリズムなども含んだラップの要素と理解しておいて欲しい。フローは最もラッパーの才能が出る要素と言っても過言ではない。オリジナリティあるフローを持つラッパーはそれだけで評価されることもあるし、いかに韻を堅実に踏もうともフローが格好良くなければ評価しないリスナーも多くいる。良く「ラップなんて音楽じゃない」なんて言っている人が一昔前までいたが、このフローこそラップを音楽たらしめる要素でありラップそのものを成長・変化させる要素でもある。

 

最後に、要素3の当意即妙なラップというのはつまり"即興性"と"巧さ"が両立しているかということだ。この要素こそ、フリースタイルならではのモノだが要素1と要素2と被っているところがある。引き出しから出した韻であってもその場で瞬時に思いついた韻であっても、聞く者が"その場で出た素晴らしい韻"と判断すれば当意即妙なラップと言えるし、ラップを乗せるビート/トラックに合うフローのアプローチがその場でできればそれも当意即妙なラップとも言える。では何故上記の2要素とは別要素して紹介しているのかと言えば、それはフリースタイルは複数人で行うことが多いからだ。つまり、一人ではなく複数人でフリースタイルをすると当然"会話劇"のようなものが生まれる。ラップでコミュニケーションがとれているかというところにこそ韻でもフローでもない"即興性"と"巧さ"が前面に出るのだ。他にも"ヒップホップインテリジェンス"や"ヒップホップIQ"が高いラップをすることも十分に"即興性"や"巧さ"につながるのだが、これに関しては都合上後で説明する。

 

 

フリースタイルの種類

 ここまではフリースタイルの要素についてつらつらと説明してきたが、ここからはフリースタイルの種類について説明する。はじめに説明した即興ラップであるフリースタイルという大きな括りの中に知っておいてほしい形式が2種類ある。それがサイファーとバトルだ。(それぞれ詳しい定義はいろいろあるだろうが筆者の感覚をもとに説明させてもらう。)

 

端的に言うと"フリースタイルをするラッパーや奏者と聴衆から成る群がり"のこと。街角であるラッパーが黙々とフリースタイルをしている、そこに他のラッパーが通りかかりフリースタイルでセッションが始まる、するとそれを聞きに聴衆が集まってくる、これがすなわちサイファーである。このように自然発生的なニュアンスを元来持つ言葉だが、こと日本においては街角にそういった環境がないためサイファーを主催したい者がSNSなどで参加者を募り〇〇サイファー(〇〇には開催地の地名が入る)という形で行われるケースが多い。勿論、仲間内でしか参加できないことはなく誰でも参加ができる開かれたものなのでサイファーと呼ぶには十分だ。サイファーにおいて注意してほしいのは、あくまでフリースタイルセッションであって罵り合いの場ではない、ということである。素晴らしいラップには賞賛をおくり、ラップセッションを純粋に楽しむものがサイファーだ。

 

  • バトル(MCバトル)

例えば、上記のサイファーの中で、明らかにあるラッパーに敵意剥き出しのラッパーがおりラップで罵り合いが始まったとする。当然、聴衆の歓声の差で優劣が決まる。こうなるとこれはバトルと呼ぶことができる。つまりバトルとは"フリースタイルで罵り合ったり、ラップスキルの差を競い合うラッパー達と勝者がどちらかを決める者がいる場"を指す。バトルにおいて注意してほしいのは、どちらがフリースタイル巧者かを決めるものであって、罵り合いでなくても成立するということと、聴衆の歓声の大きさで勝者を決めたり特定のジャッジ(審査員)が勝者を決めたりどちらの要素も持つ審査基準で勝者を決めたりと勝者の決め方が必ずしも一つではないということだ。バトルは、街角で発生するものや、賞金などを競うコンテスト形式のものなど様々なモノがある。

 

と、ここまでバトルについての説明はこんなものか。最後に、バトルで競うフリースタイルのラップスキルというのは既に説明したフリースタイルの三大要素ということになるのだが、バトル自体を説明した上でさらに加えたいことがある。

 

 

フリースタイルの"即興性"と"巧さ"。

 フリースタイルの"即興性"と"巧さ"については先に説明したが、サイファーやバトルなど複数人が前提のフリースタイル、特にバトルになると、その"即興性"と"巧さ"を表現する方法はさらに複雑になる。

例えば、あるMCバトルにおいて対戦相手のラッパーが極端に太っていたとして、このラッパーに対して"デブ"や"肥満"などの言葉を交えて韻を踏んだとする。一見すると、その場ではじめてバトルするラッパーに対して相手の特徴をとらえた当意即妙なラップと言えるのではないかと思うが、そうではない。ラッパーには"引き出し"があるので、審査するものはその程度の引き出しは当然準備しているだろうという判断をするのだ。ところが、もしその太っている対戦相手がメッシュキャップにメガネをかけていて更に髭を蓄えていたとして、ころラッパーに対して"マイケル・ムーア"という言葉を交えて韻を踏むと、即興性はグッと上がったと判断されるだろう。つまり、本当に"即興性"と"巧さ"が高いと判断されるには、引き出しで対応できるレベルではないかという厳しい目を潜り抜けなければならないのである。

MCバトルを見慣れていない方は「このラッパー巧く韻が踏めてるのに、なんで盛り上がらないんだろう」と思う場面があるだろう、それは聴衆が「引き出し」で十分に対応できるレベルと判断されているからかもしれない。この「引き出し」問題は更に複雑なのが、誰にでも言える簡単な韻では「引き出し」にあって当然と判断されるのだが、誰も言えないであろう音数の多い韻を出すと、今度はその対戦に向けて事前に考えられた台本、つまり「ネタ」と判断されかねないことだ。「ネタ」と判断されると、先述の例で言うところの"マイケル・ムーア"を使った韻でも聴衆は沸かないことになる。「引き出し」で十分対応できるレベルと「ネタ」臭いと疑われるレベルの間で戦うことをラッパーは強いられているのだ。勿論、聴衆がいかにバトルに精通しているかで「引き出し」と「ネタ」の判断基準は変わってくるため、そういった場の雰囲気を察知してフリースタイルに臨むタイプのラッパーもいるだろう。

 

最後に、筆者がどうしても紹介しておきたいのが"ヒップホップインテリジェンス"や"ヒップホップIQ"の概念だ。要はいかにHIPHOP学に長けているかということなのだが、この概念もフリースタイルバトルにおける"即興性"や"巧さ"と無関係ではない。バトルでは基本的にDJのかけるインスト(カラオケ)のビート/トラックの上でラップすることになるのだが、バトルで使われるビート/トラックはHIPHOPの名曲が使われることが少なからずある。そんなとき、バトルのラップの中でその名曲のアーティストについて触れたり名曲のフレーズを引用することができれば、十分に"即興性"と"巧さ"を証明することができるし、それらは"HIPHOP好きのみ共有できる"ものと言える。聴衆がHIPHOPに馴染みがない場合チンプンカンプンで場の反応は期待できないが、聴取がコアになればなるほど爆発的に盛り上がるのだ。昨今テレビ番組"フリースタイルダンジョン"などでバトルの認知度が上がり、聴衆にもライト層が増えた。HIPHOPに触れる人達が増えるのはいいことだが、こういった開けて場でのバトルから"ヒップホップインテリジェンス"や"ヒップホップIQ"の高いラップ表現が失われていくのは悲しいと筆者は考え、読者には知ってほしい概念ということで紹介した。

 

百聞は一見にしかず。

 以上、とりとめもない長文になってしまったが、百聞は一見に如かず、ということでフリースタイルに関する動画を2本紹介しておく。サイファーに関してはアップローダーがオフィシャルかどうかわからないものが多いので、気になる方は各自でチェックしていただきたい。

 

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まず1本目はフリースタイルセッション。アパレルブランド"COCOLObland"の15周年特別記念企画のものだ。バンドサウンドとラップが重なりとにかく心地いい音楽を提供する"韻シスト"に、ゲストとして安定した韻の踏み方をする声の特徴的なラッパー"チプルソ"とHIPHOPの枠を超えた支持を持つ圧倒的フロー巧者の"鎮座DOPENESS"が参加した回。即興で作られるその場のノリととにかく楽しい和気あいあいとした雰囲気を堪能でき、音楽性も抜群に高い。

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2本目は日本一バトルの強いMCを決めるMCバトル"KING OF KINGS"今年の東日本予選のものだ。"フリースタイルダンジョン"でもお馴染みの若手ラッパー"T-Pablow"とコアなファンに圧倒的支持を持つ"ISSUGI"のカード。ヒップホップに馴染みのない人からすれば圧倒的に音数の多いハイレベルな韻を出せているのはT-Pablowだが、揺るがないラッパーとしてのスタンスと小節に滑り込むような独特のリズムを持つISSUGIのフローの安定感も引けを取らない。"引き出し"と"ネタ"という視点や"即興性"、"巧さ"という視点からも見どころのある好カードと言える。

 

以上の2本の動画以外にも素晴らしいものはたくさんあるので各自チェックしてほしい。また、動画では決して伝わらない空気、緊張感や盛り上がりを現場では体験できると断言できるので、是非興味を持った方には現場にも足を運んでいただきたい。

 

 

 

 

本文作成中に聴いた一枚。

 

The LOX / Filthy America... It's Beautiful(RAP)

 

Filthy America It's Beautiful

Filthy America It's Beautiful